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東京地方裁判所八王子支部 平成3年(ワ)1283号 判決 1992年11月25日

主文

一  被告は、原告に対し、八〇八万一一八八円及びこれに対する平成三年八月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

理由

第一  請求

一  被告は、原告に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成三年八月二四日から(減縮前は同年三月一〇日から)支払済まで年五分の割合による金員を支払え(なお、本訴請求は、一部請求である。)。

第二  事案の概要

本件は、被告が経営する東京都西多摩郡瑞穂町所在の金属加工工場でプレス機を操作中、右手指の親指を除く四指の指先切断の傷害を負つた原告が、被告に対し、安全配慮義務違反を理由に、損害賠償を請求するものである。

一  争いのない事実及び証拠(括弧内に挙示)により容易に認定できる事実

1  原告は、一九六五年八月二日生まれの、イラン・イスラム共和国(以下「イラン」という。)の国籍を有するもので、一九八一年高校卒業後テヘラン市で自動車整備工、自動車運転手、服装店店員などをし、一九九〇年(平成二年)五月結婚した。

原告は、平成二年一二月二七日、日本において就労する意図で、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)別表第一の三が規定する短期滞在の在留資格による九〇日のビザで日本に入国し、翌二八日から、甲野製作所の名称で金属加工業を営んでいた被告に雇用され、工員として稼働していた。

2  原告は、東京都西多摩郡《番地略》所在の甲野製作所工場で稼働してきたが、同工場には六台のプレス機のほかボール盤などの金属加工機械があり、被告の指揮下に、原告を含む四名のイラン人従業員及び一人の日本人従業員が稼働していた。

3  原告は、平成三年三月一〇日午前一一時三〇分ころ、六〇トンプレス機(以下「本件プレス機」という。)で、幅二五ミリメートル位、長さ三〇〇ミリメートル位の鉄板を右手で下盤にセットし、プレスし、次いで左手でこれを取り出す作業をしていた際、スライドが下降し、右手指の親指を除く四指の指先を遠位指節間関節より先で欠損する傷害を負つた(以下「本件事故」という。)。

4  原告は、本件事故時、本件プレス機を、コード付プラグで本体と接続されたフットぺダルで作動させていた。本件プレス機には、そのスライドが下降中に手など作業者の身体の一部が危険限界に入らぬようにするための両手操作式の操作ボタン及びスライド下降中身体の一部などが危険限界に入り、光線を遮光するとスライドの下降が急停止する光線式安全装置が取り付けてあつた。原告は、本件事故時、両手操作式のボタンを用いておらず、他方、光線式安全装置は、そのライトセンサあるいはリフレクタが設置されていなかつたか、少なくとも作動されていなかつた。

5  原告は右負傷により、平成三年三月一〇日の事故当日から同月一二日まで入院して、四指断端の形成手術を受け、以後通院し、同年五月一五日治療は終了した。原告の後遺症は労災保険により傷害等級八級四号に該当するとの認定を受け、労災保険から休業補償給付一七万四九七二円及び障害補償給付三九二万九四三六円、合計四一〇万四四〇八円の支給を受けた。

二  右事実及び弁論の全趣旨によれば、原告の請求の準拠法は法例七条一項により日本法となる。

三  争点

1  被告の責任

(原告の主張)

被告は、原告がフットペダルで本件プレス機を作動させていたのに、光線式安全装置を完全に設置せず、あるいは作動させ、もしくは作動させるよう指導することを怠つた。そのために本件事故が発生したから、被告は安全配慮義務の不履行により、原告が被つた損害を賠償する義務がある。

また、被告は、労働安全衛生規則一三三条に従い、プレス機械作業主任者を選任し、安全にプレス作業をさせなければならないのに、その選任を怠つた。従つて、前同様、原告が被つた損害を賠償する義務がある。

被告の後記主張は争う。

(被告の主張)

原告は、予てから両手操作式のボタンを用いるように命じられていたのに、本件事故の前日フットペダルでプレス作業をしていたので被告に注意され、ボール盤の作業をするよう命じられたが、これに従わず、光線式安全装置を解除し、フットペダルを取り付けて本件作業をおこなつた。

したがつて、本件事故は被告の責めに帰すべからざる事由によつて生じたものである。

2  原告の損害

(原告の主張)

原告の損害は、原告が日本人労働者である場合と同じ額で算定されるべきである。

(被告の主張)

原告の主張は争う。

第三  争点に対する判断

一  被告の責任

1  本件事故当時、原告がフットペダルで本件プレス機を操作していたこと及び光線式安全装置は完全に設置されていなかつたか少なくとも作動していなかつたことは前記のとおりである。

《証拠略》によれば、本件事故以前、甲野製作所では、両手操作式ボタンを用いるかフットペダルを用いるかについて規則はなく、いずれを使用するかの指導もなされてなく、本件プレス機だけでなく他の五台のプレス機も主としてフットペダルで操作されていたが、光線式安全装置は作動しておらず、概していえば、両手式ボタンは当該被用者が作業に慣れるまでは使用されていたが、慣れると使用されなくなるのが通例であつたことが認められる。

他方、原告が被告に注意されていたのに、フットペダルを用い、光線式安全装置を解除して本件プレス機を操作したという証拠はない。

2  そうしてみると、被告は、原告ら従業員がフットペダルを使用してプレス機を操作しているのを知りながら、光線式安全装置が作動していないのを放置してきた点で、安全配慮義務に違反していたことになる。

二  原告の損害

1  原告は、前記のとおり、平成二年一二月二七日、労働目的で、九〇日間の短期在留資格で日本に入国したイラン人であるが、可能な限り長期間日本に滞在し、その兄と同様、入管法別表第一の二所定の「技術」などの在留資格であるいわゆるワーキングビザを取得し、妻を来日させたうえ、ともにオーストラリアで自動車関係の仕事に就く意図をもつていた。

原告は、本件事故後九〇日と一五日の二度の在留期間の更新を受けた後、平成三年七月八日出国した。

2  休業損害

五六万〇七九〇円(請求額は同額)

原告は、本件事故当日である平成三年三月一〇日から同年五月一五日までの六七日間休業を余儀なくされ、一日当たりの平均賃金八三七〇円の六七日分である五六万〇七九〇円の休業損害を被つたことが認められる。

3  逸失利益 五四二万四八〇六円

(請求額三〇二〇万四三〇一円)

(一) 原告は、入官法別表第一の二所定の「技術」などの在留資格であるいわゆるワーキングビザを取得する意図であつた旨供述する。しかし、入国法第七条第一項第二号の基準を定める省令に原告の前記経歴を対照すると、原告が取得しえた在留資格としては「技術」だけしか該当がないところ、同省令は、その要件として、日本人が従事する場合に受ける報酬と同額以上の報酬を受けることのほか、大学あるいは同等以上の教育を受けていない場合、一〇年以上の実務経験を有することを要求している。したがつて、原告がいわゆるワーキングビザを取得することは困難であつたと認められる。

そうすると、可能な限り長期間日本に滞在することを望んでいた原告は、もし本件事故に遇わなければ、短期在留資格が切れた後も、多くのイラン人労働者と同じく、日本で稼働し続けた蓋然性が高かつたと認められる。ただし、このような労働者は最終的には退去強制の対象とならざるをえないこと、また、妻帯者は単身社ほど長期間日本に滞在しないのが自然であることに徴すると、原告は平成三年五月一六日以降もなお二年間は日本に滞在し、被告から得ていた収入と同額の収入を得ることができたものと認めるのが相当である。その後の収入については、予測することは困難であるから、イランにおける収入の予想に基づいて算定するほかない。

(二) しかるところ、甲野製作所で原告とともに働いていたから、原告とほぼ同程度の収入(日額平均八三七〇円程度、すなわち、月額二五万一一〇〇円程度)を得ていたものと推認できるBは、平成二年九月来日前イランで一か月一五万ないし二〇万イランリアル(一万二七四四円ないし一万六九九二円)程度の収入を得てき、原告は来日前一か月一八万イランリアル(一万五二九三円)程度の収入を得てきた。

なお、本件口頭弁論終結時である平成四年一〇月二三日(金曜日)に最も近い取引日である同月二二日の、一〇〇円に対するイランリアルの実勢交換レートが一一七七イランリアルであつたことは公知の事実で、右実勢レートにより換算したものが、右各括弧内の円による金額である。

そうしてみると、原告及びBは、日本で稼働して、イランで稼働した場合の収入の一五倍程度の収入を得ていたことになる。

(三) 原告は、本件事故後の平成三年七月テヘランに戻つたが、イランでは失業率も高く、原告のような障害者の就職は日本以上に困難で、原告はその後一年余の間、一時店員をしたが大半は失業状態であつた。

(四) 以上のとおりであるから、原告は、前記後遺症のため、症状固定時である平成三年五月一五日から二年間は前記日額平均八三七〇円の割合による収入の四五パーセントを、その後の六七歳に達するまでの間は平成二年賃金センサス第一巻第一表・企業規模計、産業計・学歴計・男子労働者の年間平均賃金五〇六万八六〇〇円の一五分の一の割合による収入の五五パーセントを、それぞれ喪失したものと認めるのが相当である。

そこで、それぞれの間の中間利息をライプニッツ方式によつて控除し、その逸失利益を計算すると合計五四二万四八〇六円となる。

(五) なお、原告は、原告のような開発途上国出身の外国人労働者の損害を出身国の収入水準に基づいて算定することは、(1)憲法一四条に違反する、(2)賠償額算定の際の賃金において国民的もしくは社会的出身ゆえに差異を設けるばかりか、補償が安くすむ労働者との意識を使用者に植えつけ、差別的な作業内容、作業条件をもうけさせ、国際人権規約A規約に反する、さらに、(3)外国人労働者に劣悪、危険な労働条件を押しつけ、日本人労働者に比較し、より多くの労災事故に遭遇させる不合理を生むと主張する。

しかしながら、ここで検討されるべきことは、逸失利益の算定の基礎となる事実、すなわち、原告が、本件事故に遇わなければ将来得たであろう収入の蓋然性の判断の基礎事実の認定にすぎないから、原告の右各主張は理由がない。

4  慰藉料 五五〇万円(請求額七九三万円)

前記の原告のこうむつた傷害の内容、程度、治療経過、後遺症その他本件に現れた一切の事情を斟酌すると、原告が本件事故により被つた精神的損害を慰藉するための金額は五五〇万円が相当である。

5  損害の填補など

右のとおり、原告が被つた財産的損害額は五九八万五五九六円になるところ、原告が労災保険から四一〇万四四〇八円を受領したことは前記のとおりであるから、これを控除すると、財産的損害の残額は一八八万一一八八円となり、慰藉料との合計額は七三八万一一八八円となる。

6  弁護士費用 七〇万円(請求額二〇〇万円)

本件事故と担当因果関係のある弁護士費用としては、七〇万円と認めるのが相当である。

四  そうすると、被告は、原告に対し、八〇八万一一八八円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成三年八月二四日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。そこで、主文のとおり判決する。

(裁判官 島内乘統)

《当事者》

原 告 A

右訴訟代理人弁護士 東沢 靖 右同 水野英樹

被 告 甲野製作所こと 甲野太郎

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